波乱万丈な人生を歩んできたデイナ・ホワイトの事件簿


波乱万丈な人生を歩んできたデイナ・ホワイトの事件簿

暴行を受けた結果メニエール病を発症

デイナが21歳の頃、バーで集団に襲われ殴る蹴るの暴行を20分以上も受けてしまいました。暴行は警察が駆け付けるまで続き、特に耳の辺りに集中的に暴行を加える者がいた為、数か月もの間酷い耳鳴りに悩まされ最終的にはメニエール病を発症しています。

数時間にも渡って続く突発性のめまいに悩まされていたデイナですが、ドイツでの治療の結果奇跡的に治癒しています。

UFCで働く前は様々な仕事を経験してきたデイナ

アスファルト塗装の仕事や、バーでのバウンサー、ベルボーイ、従業員同士の喧嘩マッチの主催者 (お客に喧嘩したと悟られないように首から上への攻撃はなしというルールを設定していたようです)などを経験していました。

ちなみに喧嘩マッチの主催はベルボーイ時代に行っていたようですが、(ほぼ地下格闘技の様な感じでしょうか)、年間6万ドル(1ドル=100円として600万円)を稼いでいたようです。

しかし本人曰く今まで経験した中で一番危険な仕事だったと振り返っています。

ギャングに追われボストンを離れる事に

90年代初頭にボクサーのピーター・ウェルチと共に若者にボクシングを教える教室を開催していました。

当初はボランティア目的でそれほど利益などは上がっていませんでしたが、ボクササイズのクラスが地元の人に受け入れられ成功すると、フィットネスジムを展開していくことになります。

しかしその結果ボストンの有名なギャングの目に留まる事になり、デイナに対して利益の一部を要求します。しばらくはギャングから隠れていたデイナですが、ある日、次の日までに2500ドルを用意するように脅迫を受けます。

ただ当時のデイナには要求された金額を用意する事は不可能だった事と、これ以上ボストンに居れば身に危険が及ぶ可能性があると感じ、ラスベガスに夜逃げする事を決めています。

フロイド・メイウェザーとの出会い

90年代中期、ラスベガスに居たデイナはボクシング業界での成功を目論んでいました。フロイドはその当時まだデビュー前でしたが、デイナはすでにメイウェザ―家と交流を持っており、フロイドのアマチュア試合を何試合かマネージメントしたり、また当時所有していたアパレル会社を通してフロイドのプロデビュー戦のスポンサーになったりしていました。

マーク・ウォールドバーグの家での共同生活

1996年にデイナはロサンゼルスの俳優マーク・ウォールドバーグの家に数か月間滞在しボクシングの手ほどきをしウォールドバーグの役作りに協力したそうです。

ウォールドバーグはボクサーのヴィニー・カートを演じる予定でこの映画にはロバート・デ・ニーロの出演も決まっていました。

初めてデ・ニーロと出会った時の事について

「マークからボビー(デニーロ)の事をそんなにずっと見ていたら駄目だ、そんな事したら彼がビビってしまうだろと言われてしまった。

ただ俺からすれば、マーク、相手はロバート・デ・ニーロだ。俺は今デ・ニーロと一緒の部屋にいるんだ、という感じだった。恐らく俺は彼の顔から目を離すことが出来なかったんだろう。だからマークは強い口調でデ・ニーロの顔を見続けるなと俺に言ってきた。」

ギャンブル狂

デイナよりもギャンブル好きなのはそれ程多くないかもしれません。一晩中ギャンブルに勤しむ事で知られておりまたその腕もかなりのものです。

一晩で500万ドル(1ドル=100円として5億円)を稼いだり、数か月で2万5千ドルを元手に200万ドル稼いだこともあったそうです。

余りにも勝ちすぎた為か、いくつかのカジノからは出入り禁止されています。

http://www.lowkickmma.com/lists/10-crazy-stories-from-dana-whites-rollercoaster-life/7/
波乱万丈な人生を歩んできたデイナ・ホワイトの事件簿 波乱万丈な人生を歩んできたデイナ・ホワイトの事件簿 Reviewed by Hideki Azul on 9/28/2017 Rating: 5
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